口腔機能を発揮させる機序とは
Considerations for developmental mechanism of oral function
神奈川県 げんかい歯科医院
元開冨士雄片山は、論文「噛む力をつけよう」の中で、顎の発育がよく、歯は丈夫で歯並びの美しい、そして濃厚な味付けを好まない、何でもよく噛んで食べる子どもは、離乳期から僅か2年そこそこの母親の努力で仕上げることができるということをよく知ってほしいと言っている。
そして、「口呼吸と鼻呼吸」の記事では、全身疾患との関わりから鼻呼吸の大切さを掲載させて頂いた。
また日本では、昔から「三つ子の魂」といって、三歳までの育児・環境の重要性を謳っている。標題の論文は、日常生活の自立に必要な口腔諸機能を新生児・乳幼児が如何に学習・習得していくのかを明らかにしたものである。
口腔機能を発揮させる機序とは
Considerations for developmental mechanism of oral function
直訳:口腔機能の発達メカニズムに対する考慮事項
元開冨士雄
Fujio GENKAI
(神奈川県、げんかい歯科医院)はじめに
小児を中心とした機能の獲得途上者に対して口腔機能を獲得させる「ハビリテーション」の概念1)やその重要性は歯科医療のなかでは広まりつつあるが社会的にはいまだ広く認識されているとはいえない。発達期の小児に質の高い口腔機能を獲得させることは、口腔の健康につながるだけでなく、未来の口腔機能の障害を減少させることにもなる。そうした点からも小児の健全な口腔機能の獲得をもっと積極的に行うべきだろう。しかしながら、一般的には健常者において口腔機能に質の差が存在することすら認識されておらず、医療側でも口腔機能の獲得の遅れや機能を発揮できない原因はもちろんのこと、評価基準や改善方法などが共通に認識されていない。口腔機能の獲得の遅れから二次的に器質的な問題が生じた時にはじめて、その原因として口腔機能異常や口腔習癖の存在を認識する。
また、口腔機能異常や習癖に対する改善や訓練は、歯列や咬合など形態的な問題を解決する補助的な存在であるためハビリテーションとしての概念は薄まる。また、改善に多くの努力を求めてもその効果はまちまちで失意を感じることも多い。そもそも口腔機能を育成する場は、保育や日常生活であるため医療者として予防的にそうした場への関与も難しい。そこで今回、胎生期からはじまる口腔機能の発育機序や仕組みから正常な口腔機能を発揮させるために必要なことを考えてみたい。口腔機能の発揮とは
口腔機能とは、摂食(栄養摂取・水分摂取)、呼吸、発話(構音)、表情(感情の表出)そして感覚情報の入力が主に挙げられる。これらの機能は、生命維持と人間としての社会性に強く関わるために「生活機能」としての役割が強い。そのため、生活弱者である乳幼児や高齢者・要介護者が口腔機能の低下を招くことは、日常生活の自立に影響を与える。そのため成長期の小児には順調な口腔機能の獲得、高齢者にはすみやかな機能の維持・回復をはかることが重要である。
また、口腔機能は口腔の健康を守る上で大切な機能である。竹内光春(元東京歯科大教授)は、その著書「口腔衛生学」で「健康な歯牙口腔とは、『正常な発育』『機能の発揮』『疾病異常がない』ことをもって口腔健康となす」と述べている。さらに「前二者の歯牙口腔の健康が主体をなすものであって、単に疾病異常の予防ということではない」2)と続けている。口腔の健康の主体は、「機能の発揮」と「正常な発育」にあり、口腔機能が十分に発揮されるよう顎口腔の発育を管理することが、口腔疾患や口腔の形態・構造の異常を予防するという竹内の考えは未来の歯科医療の在り方にもつながる。
さらに、機能とは、形態と対になった言葉である。不正咬合には、必ず何らかの機能不全を伴うといわれるように、口腔機能の質や筋バランスは口腔の形態や構造である歯列・咬合に影響する3)。そのため、発達期の小児にとって順調な口腔機能の獲得こそが歯列・咬合の育成と歯列咬合異常の予防や歯科矯正治療後の安定をもたらすことになる。
しかし、実際には口腔機能が獲得・発揮できない原因は明確ではなく、口腔機能の獲得を開始する時期が育児や保育期でもあるため、正常に発育を続ける乳幼児の成長パターンと問題を抱える乳幼児のパターンの間に生じる微妙な境界を判定できない。こうしたことから、成長期の小児に口腔機能を順調に獲得させることは非常に難しい。口腔機能の特徴
口腔機能の機序を発揮させる上で、口腔機能の「どれもが大きな筋力を必要としないにも関わらず、生命活動や高次の脳機能に直結する」(図1)という特徴を知ることが重要である4)。例えば、咀嚼運動と歩行運動は無意識的にも意識的にもできる半自動調節運動であることが似ている。歩けばその路面の状況は刻々と変化するが、こうした状況に対して何の問題もなく対応して歩行することができる。食べる時にも同様に触感や大きさや性状の違う食物が、次から次に口に運ばれるが問題なく咀嚼運動ができる。しかし、歩行と咀嚼の大きな違いは運動を支える筋力にある。歩行は重力に対抗し体重を支えるために大きな筋力が必要である。そのため、少しでも筋力が低下すれば歩行や姿勢の制御不全が生じ廃用性萎縮による機能の低下を招きやすい。しかし、口腔機能は多数の筋肉が協調しながら小さい距離の収縮の調整力と速い速度で収縮と弛緩を繰返す力が求められるため、筋の収縮のタイミングをとりながら周りの筋肉とのバランスを調整する運動が主となる。そのため、日常動作での筋力を必要としないため廃用性萎縮が生じにくい4,5)。特に発話時には、長時間にわたり顎や舌、軟口蓋や顔面の筋が速い速度で繰返し運動するが、最大筋力の30%程度の筋力のため長時間の会話でも疲れない6)。(図2)
さらに、口腔領域の関節は顎関節だけである。関節を持たないということは、筋と筋が何らかの形で連結することになる。それは、関節を持つよりも運動の自由度を上げるだけでなく、筋の付着部を安定した位置に置くため、複数の筋が拮抗しながらバランスよく活動する必要があることを意味する4)。胎児期から新生児期の運動発達
胎児期の運動発達は、口腔機能発達の原点といえる。超音波断層撮影の導入により胎児の運動に対する研究は急速に進歩している。例えば、Prechtl(オランダ・フローニンゲン大学)の胎動研究により、それまで原始反射一辺倒だった胎児運動の考え方は一変する。それによれば胎児期の発達は、自発的な胎動と五感とりわけ触覚の出現によりなされるようだ。つまり、胎児は「動いて」「触って」を繰返すことで周囲の環境変化を捉え、その現象を運動に変化させることで発達すると考えられるようになった7)。それにより、原始反射は自発運動の一部として存在するものが、ある種の刺激によりいつも引き出される引き出しのようなものとして捉えられる7,8)。
こうして感覚刺激による自発運動が、フィードバックをしながら原初的な運動である反射運動(原始反射)を獲得する。胎動は6〜7週に始まり、7週で口腔周囲に最も早く触覚が出現し、10週で原始反射的な運動が出現し、出生時にみられる15種類の運動は、胎生15週で獲得される事が分かっている7,8)。また、表情に関しても胎児期にそのほとんどが意味も無く完成する7)。そうした無意識な反射運動のひとつとして口腔機能である吸啜、嚥下、呼吸も胎生期にほぼ完成する。
胎児期の反射運動は、出生による睡眠覚醒リズムの出現とともに「意識と無意識」が出現することで大きな転換を迎えることになる7)。つまり、胎児期から新生児期において反射的な運動が、やがて「意識」して動かす、いわゆる随意運動へと変化することになる。この移行するいくつかの反射は、生後1〜2ヶ月頃に一時的に消失し3〜4ヶ月頃に再び出現することから「U字型変化」と呼ばれる7)。こうした運動は、口に手を持っていく運動、音の方に首を向ける運動などに多くみられる。(図3・4)
こうしたことは、運動発達に意識が深く関わることに気づかせてくれる。口腔機能の獲得に遅れや問題がある者に対して顎や舌の運動を行わせると運動ができないことに驚くことが多い。鏡を見ているにもかかわらず自分自身の体を意志通りに動かすことができない。つまり、口腔機能がうまく発揮されない原因として意識下の運動学習が不足していることが想像される。吸啜運動の発達
胎児期からの反射運動である吸啜運動も出生後の「意識と無意識」が出現することで大きな転換を迎える。新生児の吸啜運動は、反射的な運動から随意的な運動への移行に際し他の運動のように一時的に消失することはないが意識による運動変化が生じる。それは、胎生期からの「反射的吸啜」が、生後2〜3ヶ月頃からは「自律哺乳」へと転換されることからもわかる。出生直後の反射的吸啜は、無意識に反射のような運動として乳汁が空になるか筋肉疲労で吸えなくなるまで吸啜するが、出生後1ヶ月を過ぎた頃から徐々に意識下の運動が混在することで、哺乳の拒否能力が成熟することで哺乳を中断し遊び飲みができるようになる9)。こうして運動に「意識」が入ることにより機能を形成する力が格段に向上する。
二木は、哺乳行動の発達を分析した結果「吸啜運動の発達モデル」を考案した。それによれば、吸啜運動は生後1ヶ月ころ、飢餓や空腹の解消のための吸啜(吸引圧型吸啜:以下Nutritive Sucking)だけであったのが、生後2〜3ヶ月には空腹解消に加え不安解消を目的とした吸啜(咬合圧型吸啜:以下Non- Nutritive Sucking)が加わり、吸啜運動は二つの哺乳行動が混在した状態になる。飢餓解消時にはNutritive Suckingが働き、不安で泣いている時や吸啜欲が生じた時にはNon- Nutritive Suckingが働く、つまり「おしゃぶり」などにより不安解消が働くと考えられる。その後、飢餓や空腹の解消のためのNutritive Suckingはストロー飲み(成人型吸引)に転換し、不安解消を目的としたNon- Nutritive Suckingは乳首以外のおしゃぶりから指しゃぶりやタオル吸いなどの習癖、そして咀嚼運動へ転換するとしている9)。(図5)
このように吸啜運動の意義は、月齢とともに変化をする。新生児期は哺乳目的専用のNutritive Suckingが主体であったのが、生後2〜3ヶ月頃に意識が生じると哺乳運動を停止して遊び飲みが可能なNon- Nutritive Suckingが現れ、両者が混在する複合型に分化する。Non- Nutritive Suckingは、不安解消の役目から遊び飲みを通して口唇や舌による玩具なめなどの舐め回しが始まり環境への認知行動へと発展する。また、Nutritive Suckingでは舌運動は主に舌中央から奥の上下動であったのが、Non- Nutritive Suckingでは舌全体を前後に動かして吸啜運動を行う蠕動様運動となる。この時の舌の前後運動が、離乳初期の舌運動へ連動することから、Non- Nutritive Suckingが発展して咀嚼運動が形成されると考えられている。また、最近では1歳を過ぎてもおしゃぶりや玩具なめをしない子も多く、そうした子どもはNon- Nutritive Suckingへの移行ができないことから、吸い食べのような咀嚼型になると予想される。こうした子どもは、口腔咽頭感覚の拒否が異常に強く、離乳食への移行も難しいことが多い。舌の感覚と運動の発達の遅れは、舌の形態にも影響し乳児の舌形態が継続される。また、口腔を覗いた時に口峡が閉鎖され、奥舌の緊張が強く歯磨きを拒否するタイプになると考えられる。さらには、摂食発達の遅れはプレスピーチとして2歳半以降まで言葉の遅れに影響する。このように、吸啜運動は単なる哺乳という乳汁の取込み機能から出生後のわずかな間に分化発展し行動学的な意味を持つようになると考えられる。
こうした吸啜運動の発達には、生得的な吸啜力に加え生後2〜4ヶ月に現れる意識による自律的な運動獲得において、乳児の気質や感覚入力の差が環境適応の差を生み、その後の口腔機能の獲得に影響すると考えられる。Non- Nutritive Suckingは、不安の解消に働くことからおしゃぶりや指吸いに転換するのだが、これは、おしゃぶりや空の哺乳瓶を与えた結果ということではなく、母子の愛着形成つまり信頼の確立のための行動と理解した方がよい。愛着形成に時間がかかる乳児では、不安の解消に時間がかかることからNon- Nutritive Suckingが常習化し指しゃぶりなどの習癖が継続する可能性が高いと思われる。つまり、母子の信頼形成に時間がかかる子は、不安が大きく環境適応が遅いことが多いためにNon- Nutritive Suckingが継続することで咀嚼運動へスムーズに移行することができないために舌の低位や舌突出癖のような前後運動が残存したと考えられる。習癖や癖がいつまでも継続する背景には、こうした意識的な運動の滞りが根底にあるように感じられる。習癖の原因は、体質的な要因や神経生理学的な要因を持った体に何らかの心理的な原因が引き金となって発現するとされている。そのため、1つの口腔習癖にはいくつもの習癖が重なって存在している10)。
また、最近では親の清潔好きもあるのか1歳までに玩具舐めや指しゃぶりをしない子が増えている。舐めないのか舐めさせないのか分からないが「よだれかけ」の必要ない子が増えている。舐め回しは、口腔機能の発揮のためだけでなく不安解消による心の安定や認知性の発達のためにも必要であると思われる。吸啜嚥下運動の機序
吸啜行動は、胎児から高齢者まで人の一生において共通な生涯発達行動のひとつである。哺乳行動をしなくなったからといって吸啜機能は失われないことからも、その運動のなかに口腔機能の基盤が埋入しているように思われる。よって、吸啜嚥下の機序を知ることは重要であると思われる。
一般に、哺乳運動を形成するのは、「吸啜」と呼ばれる舌運動と「吸着」と呼ばれる口唇による母乳や乳首への密着、そして「嚥下」運動からなりどれひとつ欠けても哺乳運動が成立しないことから哺乳の3原則と呼ばれる11,12)。二木によれば、吸啜運動は密着させた顎や舌により圧を加えることで乳汁を出す咬合圧タイプと密着させまま下顎や舌を下げることで口腔を陰圧にして乳汁を出させる吸引タイプの二つの機能で哺乳をしていると報告している9)。これは、最近の吸啜研究の結果と一致する。最近の超音波診断が画像による吸啜の観察から以下のことがわかってきた。1)口腔内にできた陰圧により乳汁を移行させる 2)舌に目立った蠕動運動はみられず単調な上下動運動に近い 3)乳頭の先端は硬口蓋と軟口蓋の移行部を超えない 4)乳汁分泌と移行に関わる乳房の乳管洞といわれる部分はない、などがわかってきた13)。(図6)
吸啜運動は、上下口唇と上下歯槽堤中央にできた空隙に乳首をはさみ下から舌尖部が乳首を下から保持をすることで密着性を高める。舌中央部で乳頭を保持加圧し、奥舌部が主に上下動の運動をすることで陰圧を形成し乳汁を移行させる。つまり、前方部を密封し、中央部で乳首に「陽圧」をかけて口蓋と密着させていた奥舌部が下降することで生じた空隙が「陰圧」となって乳汁を口蓋から軟口蓋—咽頭へ移送する仕組みである14)。二木が述べていた通り口腔内で舌と口蓋により「陽圧」と「陰圧」を形成し、乳汁を咽頭へ移送するシステムが吸啜運動の機序と考えられる。そのため、口唇や口蓋の構造に障害をもつ唇顎口蓋裂や運動発達が不十分な未熟児は、陰圧形成が不十分なため哺乳障害が生じやすい。
吸啜運動の陽圧と陰圧による乳汁の移送は、咀嚼嚥下による食塊の移送の原型として口唇閉鎖と頬、舌と硬口蓋・軟口蓋・咽頭の連携した運動を学習し、さらに咽頭腔閉鎖の密着性を強くすることで呼吸や発音機能への切換えと口腔機能の質の向上をもたらすと考えられる。よって、吸啜運動は、口腔機能にとって重要な「陰・陽圧形成」と「咽頭腔閉鎖」だけでなく、すべての口腔機能動作に必要な顎・舌・口唇・頬・口蓋・咽頭における特殊で巧みな協調運動の基盤を形成すると考えられる。口腔機能の開始と吸啜嚥下
胎児の羊水呼吸はよく知られている。羊水中にある胎児は、当然空気による呼吸ができないが羊水を呼吸系に入れて胸郭をふくらませるため呼吸様運動(胸郭運動)といわれ7)、出産後の呼吸運動を開始するために反射的な運動として準備を行っていると考えられている。
しかし、新生児がこうした準備により出生直後から順調に哺乳行動ができるわけではなく、乳児のなかには嚥下と呼吸の協調運動に未熟性があるために哺乳途中でムセをおこし哺乳障害となることもある。このようなことから、嚥下と呼吸の協調がいつから形成されるのかが疑問であった12)。金子らは、未熟児で出産後経口授乳を行った新生児は、当初授乳すると、吸啜嚥下と呼吸の連動ができていないためか、チアノーゼをおこしたが、その後は徐々に嚥下中の呼吸ができるようになり、数日後には呼吸と嚥下の連動性ができると報告している15)。また、哺乳運動が休止するポーズ期に呼吸が活発になることや未熟児や低出生体重児は哺乳中に呼吸が長時間にわたり抑制されやすいこともわかってきた12,15)。(図7)このように、出生直後は、吸啜嚥下と呼吸は反射運動として開始されるため、互いのリズムを同調できないために窒息していたが日ごとに連動し機能するようになっていくと考えられる。
また、Millerらによれば胎生32週の未熟児では鼻閉塞によりApneaとなり口呼吸は不可能であるが、36週の新生児では鼻閉鎖により口呼吸が可能であると報告している16)。これにより、鼻呼吸しかできない胎児が出生後に哺乳の嚥下運動をすると口腔・軟口蓋・舌根部での適切な抵抗を受けた時、鼻呼吸と口呼吸の切換え機能が獲得されると考えられる。これらから、鼻呼吸と口呼吸、嚥下と呼吸といった機能の切換えは、出生後日ごとに成熟する運動スキルであると考えられる。また、ほとんどの乳児が栄養を口から安全に摂取できる神経生理学的な準備が整った時期を胎生37週と位置づけられるようだ。
また、吉田らは夜間睡眠時に開口と口呼吸が常習している乳児(平均月齢6ヶ月)19名に対し授乳時や水分摂取時に哺乳瓶口に「つぐみちゃん」というアタッチメントを設置して2週間過ごさせた。(図8)その結果、摂取時間は、最初の頃は平均で15分以上かかっていたのが1週間後からは6〜7分で飲めるようになった。さらに、夜間睡眠時の姿勢がアタッチメント使用前後で大きく改善した。アタッチメント使用前には、うつぶせ寝、横向き寝、頭だけ横向き寝であったのが、2週間後にはほとんどが上向き寝に改善されたと報告している17)。(図9・10) これは、吸啜嚥下運動に負荷をかけ口腔内における陽圧と陰圧形成や舌・軟口蓋・上咽頭収縮筋による乳汁の移送、軟口蓋と舌による口峡と鼻咽頭腔の閉鎖および開放などによる機能の切替えなど口腔機能の質が向上したのではないかと考えられる。こうしたことから、吸啜嚥下の機序が出生直後の口腔機能活性化の鍵ではないかと考えられる。嚥下と呼吸の相互関係
機能を切換える3つの口腔機能は、互いに相互関係が強く働いている。それぞれの機能には、運動パターン生成機構であるCPG(Central Pattern Generator)が存在し、それぞれの機能ごとにリズムを発信している。例えば、嚥下と呼吸のCPGはいずれも下部脳幹に存在し、解剖学的に近くに重なっているだけでなく、機能的にも相互の神経結合により密接に影響し合っている18)。それは、咽頭が呼吸と嚥下の共通路であり独立して呼吸と嚥下が起れば直ちに誤嚥に結びつくことを考えれば必然である。
そのため、若年健常者では無意識にする嚥下が呼吸の呼気中に「嚥下性無呼吸」をはさんで呼気中に終わることで誤嚥を防止することがわかっている。しかし、高齢者になると嚥下が吸気中に起る頻度が増加し、仰臥位で約40%の嚥下が座位では50%以上の嚥下が吸気時に起る。また、高齢者では嚥下後の呼吸が吸気から始める頻度が増加する18)。
通常、1回の吸気から呼気までの呼吸時間(呼吸サイクル)は3.2秒、これが嚥下をすると5.4秒(カップ嚥下)となる。つまり、嚥下が入る呼吸サイクルは長くなり、食物の性状により呼吸サイクルは変化する。しかし、嚥下性無呼吸の時間は、食物に関係なく0.6秒前後のようだ19)。(図11)
呼吸と嚥下の相互関係は、食物の物性に依存することなく「呼気—嚥下—呼気」という呼吸リズムを形成する。ただし、1回で一気に嚥下してしまう1回嚥下ではこの呼吸と嚥下のリズムは崩れることはないが、連続して飲込む嚥下になると嚥下後に吸気になる割合が高まる。つまり、呼吸リズムは嚥下によりリセットさせるため、多量の食塊を複数回連続して嚥下した時は「呼気—嚥下—吸気」というリズムになることが増加することで誤嚥しやすくなるようだ19)。
このことは安定した鼻呼吸者でみられるが、習慣性口呼吸者では呼吸サイクルに乱れが多いことがわかっている。口呼吸者の嚥下時の呼吸サイクルは著しく延長し、嚥下直後の呼吸曲線の振幅も減少する。ところが、習慣性口呼吸者も口唇の閉鎖をおこなわせると呼吸サイクルの乱れが消失する20)。つまり、口唇閉鎖は咀嚼だけでなく嚥下にとっても重要な役割を担っていることからも、口唇閉鎖獲得のための形態と機能の獲得は重要である。口唇閉鎖が咀嚼の第一歩
先にも述べたように哺乳運動を形成するのは、吸啜と呼ばれる「舌運動」、吸着と呼ばれる「口唇による密着」、そして「嚥下運動」からなる。この3つが哺乳障害の原因となるように、口腔機能が発揮できない者に多くみられるのも、舌運動のおかしさと口唇閉鎖不全、そして嚥下の問題ではないだろうか。その結果、咀嚼嚥下運動のパターンの変調が呼吸や発語に影響を及ぼすと思われる。
吸啜から咀嚼へ転換する際、Non- Nutritive Suckingが咀嚼運動へ移行・発展するといわれている。Non- Nutritive Suckingでは、口唇を乳房に密着した状態で舌を前後運動することで乳汁を圧搾し嚥下する。この時の舌の前後運動が離乳初期の運動に連動することになる。離乳初期では、ドロドロの離乳食を口に入れるが、舌は前後運動をするため離乳食は口外へ押し出される。これを口唇により押さえる必要があるが、哺乳時は上下の口唇は乳房に密着させほとんど筋力を使っていないため、上下の口唇を運動させ閉鎖することができない。そのため、この時期は、下口唇だけが運動して口唇を閉鎖するようだ9)。つまり、上唇は下降運動ができない状態で口腔機能の獲得が始まるといえる。その後も上唇の下降運動が十分に獲得できなければ、口唇閉鎖の獲得は遅れ上下口唇は翻転することで上唇は富士山型になり下口唇は突出する。上唇が下降しないために下唇中央部が上昇して口唇閉鎖するために口角は下垂する。また、乳児期の下顎は著しく狭小で後退していることが多く、こうしたことも上唇の下降運動不全による口唇閉鎖不全へとつながると考えられる。二木も「上下口唇を閉じることが咀嚼発達の第一歩で、これができないとその後の咀嚼発達は困難となる」9)と述べているように口唇閉鎖は口腔機能発達の基盤であることを認識しなければならない。
上唇の運動性が不良だと口唇をすぼめて尖らすことができない。そのため口をすぼめて息を吸う・吐くこと(口すぼめ呼吸)ができず、また、口笛やウィンクもできない。口唇特に上唇は顔の表情に関わる9)と二木も述べていたが、まさに上唇が顔面の微細運動を左右するように思える。障害児は、上唇運動ができないことが多く、特に口をすぼめて息を吸うことができない。口すぼめ呼吸は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者が行う呼吸トレーニングで口をすぼめ口腔内に陽圧をかけることで気道にも陽圧が生じ、しっかりと息を吐くことができるため呼吸が楽になる。口唇閉鎖不全による口呼吸は、慢性閉塞性肺疾患者のように口腔内に陽圧がかからないため呼吸路が閉塞しやすく呼吸が困難と考えられる。咽頭腔の構造からみる口腔機能の特徴
嚥下、呼吸、発音の3つの機能は、咽頭を共通路とするため、その境界を開閉することで機能を切換える。よって、咽頭腔の構造ならびに咽頭腔閉鎖の仕組みを知ることは、口腔機能を発揮させる機序を考える上で重要である。
脊椎動物にとって、咽頭腔は生命を維持する上で重要なエネルギー源である空気と栄養の共通路である。呼吸系と栄養系が、咽頭で交叉するため嚥下をするたびに呼吸を止めることになる。ヒト以外の脊椎動物は、軟口蓋と喉頭蓋が近接するため多量の食物が入り込まない限り誤って呼吸路へ食物を流入させることはない。しかし、ヒトは直立二足歩行の獲得による脳頭蓋顔面の著しい変化により、鼻腔・口腔・咽頭腔の構造も影響を受けた。口腔は垂直的な空間が増大し自由な舌運動に加え下顎と口唇の運動も増した。咽頭腔は鼻腔と口腔に対し屈曲し、それまで近接していた軟口蓋と喉頭蓋が大きく離れたことによる咽頭腔の拡大は、軟口蓋の運動性を向上させ咽頭の共鳴を作り出した結果、言葉や口呼吸の獲得につながった21)。(図12)
こうして獲得された咽頭腔の構造は、人間としての最大の特徴である「言葉」の獲得と引き換えに無呼吸や窒息、誤嚥という生命リスクも持つことにもなった。つまり、ヒトは嚥下と呼吸と発語を1度にできないため、これらの機能を切換える機構をもった。
3つの口腔機能の切り換えは、咽頭にある3つの閉鎖機能(鼻咽腔閉鎖、口峡閉鎖、喉頭蓋閉鎖)が鼻呼吸と口呼吸、咀嚼と嚥下、スピーチを行う際にそれぞれを互いに協調させながら開閉させることで機能する。この閉鎖が不十分な時や閉鎖の連携が遅れた時に口腔機能の質は低下し機能障害に陥ることになる。発達期の乳幼児では、機能の遅れとして出現し口腔形態や構造に影響する。生理的な機能が低下する高齢者では、誤嚥・窒息・習慣性口呼吸など健康に影響する機能障害を生む。よって、この3つの閉鎖機能の機序が、口腔機能を発揮させる根源ではないのだろうか。(図13・14)咽頭腔閉鎖の機序
口腔機能を発揮する上で咽頭腔の閉鎖は重要な機能である。咽頭腔は、上方から咽頭鼻部(鼻咽頭Nasopharynx)、咽頭口部(口咽頭Oropharynx)、咽頭喉頭部(喉頭咽頭Laryngopharynx)の3つに分けられる22)。各部の境界には弁や膜状の構造が形成され、これが各部を遮断・開放することで口腔機能を発揮させる基盤となる。鼻腔との通路を閉鎖するのを鼻咽腔閉鎖、口腔との通路を閉鎖するのを口峡閉鎖という。いずれも軟口蓋が重要な役割をしている。
1.鼻咽腔閉鎖
咽頭鼻部と咽頭口部の境界には咽頭峡部があり、軟口蓋の挙上と咽頭後壁および側壁の絞扼運動により閉鎖を行うことを鼻咽腔閉鎖という。鼻咽腔閉鎖は、軟口蓋咽頭閉鎖、口蓋帆咽頭閉鎖とも呼ばれる。咽頭峡部の閉鎖は、発音時と嚥下時におこなわれるが、嚥下機能時と発音機能時では、閉鎖の機序が異なる。嚥下機能時では、食塊を口腔から咽頭を経て食道へ移送することが目的であるため陰圧形成よりも陽圧形成に重点が置かれる。そのために、軟口蓋の挙上だけでなく上咽頭収縮筋や口腔周囲筋に至るまでが協調して働く。それに対し構音機能では空気を遮断して陰圧を形成し音を明確に作り出すことが目的となる。そのため、軟口蓋による発音時の鼻咽腔閉鎖機能を「音をつくらない構音機能」と呼ぶ23)。(図15)
2.口峡閉鎖
口腔と咽頭口部の境界は、口峡部という。口峡の口腔側は、上方に軟口蓋そして下方に奥舌部、口峡側壁は口腔側に口蓋舌筋からなる口蓋舌弓、咽頭側に咽頭舌筋による口蓋咽頭弓が膜状に囲むことで上下左右から閉鎖する。口峡閉鎖時には、軟口蓋は下降し奥舌と密着、さらに左右の口蓋舌弓と咽頭舌弓が正中に寄り、これらが密着することで口峡を閉鎖する。鼻呼吸時には常に口峡は閉鎖されている。また、食物が口腔内にあって咀嚼運動をおこなっている時も口峡は閉鎖されている22)。(図16)
鼻呼吸から口呼吸への転換の機序において口峡閉鎖はposterior oral sealingとして咽頭腔の内圧を保持するために働く。軟口蓋と舌の密着がしっかりしていれば鼻閉により鼻腔通気抵抗がある程度上昇しても鼻呼吸を維持できる。しかし、軟口蓋と舌の密着が弱いと鼻閉の程度が少なくても口峡閉鎖は破られ、呼吸気は容易に口腔内へ侵入し下顎の後方回転や舌の低位を作り口腔内に呼吸路をつくり口唇閉鎖(anterior oral sealing)を破壊して口呼吸が開始される20)。(図17)こうしたことからも安静鼻呼吸時における軟口蓋と舌の密着による口峡閉鎖は大切である。
3.軟口蓋の構造
本来、軟口蓋は呼吸と咀嚼の2つの機能要因から形成される。軟口蓋は上昇して鼻咽腔閉鎖を形成することで嚥下機能や発音機能に関わり、下降して奥舌と密着し口峡閉鎖を形成することで咀嚼と嚥下機能に関わるため、口腔機能の機序を知る上で軟口蓋の構造を知ることは欠かせない。
軟口蓋は、硬口蓋との接続部を底辺とし口蓋垂を頂点とする三角形の弁状構造で、5つの筋肉が層状になって複雑に形成している。口蓋帆張筋を基盤にした口蓋腱膜にいくつもの筋肉が付着して軟口蓋は形成される22)。口蓋腱膜の口腔側に口蓋舌筋、口蓋腱膜の底辺部両端に口蓋帆張筋、口蓋腱膜の咽頭側中央に口蓋帆挙筋、口蓋帆挙筋の表層に口蓋垂筋と口蓋咽頭筋が付着する(図18)。
軟口蓋の構造的な特徴としては、上下動して咽頭と口腔を閉鎖するのが目的であるため、軟口蓋の筋層表面は柔らかい脂肪体が被い気密性を上げるパッキングの役割をしている。また、軟口蓋の先端の口蓋垂は軟口蓋が挙上すると伸展し長くなり咽頭後壁に対して折り曲がり面で接触することで気密性を高めている23)。
軟口蓋の高さの調整は、3つの筋肉(口蓋帆挙筋、口蓋舌筋、口蓋咽頭筋)により行われる。発音時は、軟口蓋の高さを調整することにより圧の形成が異なることで音が変化する。また、嚥下時には食塊の大きさや形態により軟口蓋の高さを変えることで口峡の開閉度を調整することで嚥下する23)。(図19)
こうした機能の違いは、筋の神経支配にも影響する。口蓋帆挙筋は鼻咽腔閉鎖と口峡閉鎖つまり呼吸や発声、嚥下に関わるため迷走神経支配となる。それに対し口蓋帆張筋は、主に咀嚼運動から嚥下運動にかけての食塊移送に関わることから三叉神経第三下顎神経の支配となる23)。
4.咽頭腔閉鎖の評価
鼻咽腔閉鎖機能の評価は、口腔内視診、聴覚判定、鼻息鏡と吹き戻し検査(blowingテスト)、側面セファログラム、鼻咽腔内視鏡検査などによる22)。
側面セファログラムは、特別な器具の装着もなく再現性も高く比較的低年齢からも用いることができ、軟口蓋や咽頭腔だけでなく頭蓋全体の評価や多くの情報が得られる。撮影時の条件として、安静鼻呼吸のほか母音の持続発生(高母音が望ましい)により口蓋帆鼻咽腔閉鎖の判定も行える24)(図20)。嚥下時の鼻咽腔閉鎖
食塊が、口蓋から軟口蓋に移動すると口蓋帆張筋が強く収縮して硬口蓋より低位となり、舌と軟口蓋が食塊に対し陽圧を形成することで食塊を後方に移送する。さらに、食塊が前口蓋弓近傍に接触すると軟口蓋は挙上し、口峡が開大することで食塊が咽頭へ移送され嚥下が開始される。この時の口峡の開大量は、口蓋帆挙筋が食塊の大きさや量や性質に対して決定する25,26)。
食塊が咽頭へ送り込まれると同時に咽頭後壁と軟口蓋は密着し鼻咽腔閉鎖がおこる。この軟口蓋の挙上と咽頭側・後壁の閉鎖により陰圧が形成され食塊の咽頭通過を補助する。さらに、食塊の咽頭への吸引後、軟口蓋による鼻咽腔閉鎖のまま口蓋舌筋により奥舌を咽頭後壁側に引き寄せることで舌・軟口蓋・咽頭後壁が密着を強め、さらに食塊を食道へ送り込む陽圧を形成する26)。こうした働きの中心である口蓋帆張筋は、筋紡錘が他の軟口蓋の筋肉よりも多く含まれるため反射的な反応として収縮している23)。発音時の鼻咽腔閉鎖
軟口蓋による鼻咽腔閉鎖機能は、「音をつくらない構音機能」と呼ばれ、構音動作に必要な口腔内圧を産生し共鳴することでacceptable speechをつくる。つまり、鼻咽腔閉鎖は、スピーチが成立するために必要な物理的な条件に関係する。そのため、閉鎖が不十分であれば嗄声や鼻音、発声時間の短縮などが生じて十分な声の形成ができないためスピーチの形成不全となる23)。(図21)
構音時の軟口蓋の挙上は、発音の0.3秒前に行われ、口腔内圧を高めて音を作る準備をする。また、軟口蓋の挙上は、ブローイング>高母音>中母音>低母音の順に高く、非鼻音性の子音では口腔内圧が高いために軟口蓋は最も高く挙上される。特に高母音(イ・エ)の発音時は、軟口蓋を高く挙上させる必要があるが、鼻音の場合は鼻咽腔の閉鎖が解除されて音が作られる。このように構音する音により軟口蓋は上下動することになるが、機能が未熟な乳幼児や軟口蓋が肥厚により短い場合や鼻咽頭腔が拡大している場合、鼻咽腔閉鎖不全となり鼻音化や高母音がつく子音の発音が置換することがある23,27)。(図22)
そして、軟口蓋を挙上させる口蓋帆挙筋は、口蓋帆張筋と違い筋紡錘をほとんど持たないことから反射的な調整はされず学習によって運動調整機能が獲得されると考えられている。よって、軟口蓋や鼻咽腔閉鎖の評価をしっかりとした上で、運動学習訓練として口腔内圧を高めるフーセンやブローイングを意識的に行うことは有効だろう。上咽頭収縮筋の働き
咽頭の側壁及び後壁を形成する咽頭収縮筋は、上中下3つの咽頭収縮筋から成る。上咽頭収縮筋は横行し、中下の咽頭収縮筋は上方へ斜走する22)。3つの咽頭収縮筋のなかで上咽頭収縮筋は、頬筋と翼突下顎縫線において接合することで知られているが、下顎骨や舌根部からも筋繊維を起始する複雑な形態の筋であり、上方から翼突咽頭部、頬咽頭部、顎咽頭部、舌咽頭部の筋に分かれ、まるで管を握った手のような形になっている。こうした筋の形からも想像できるように、上咽頭収縮筋は摂食行動において咀嚼から嚥下にいたる運動のなかで食塊を口腔から咽頭へスムーズに移送する働きの中心的役目をしている。(図23)また、上咽頭収縮筋のなかでもっとも上部の翼突咽頭部筋は、嚥下時に軟口蓋の挙上とともに収縮することで咽頭後壁と側壁が絞扼運動を行い、咽頭峡部を閉鎖し鼻咽腔閉鎖を行う。この咽頭峡部で主なる働きをするのが口蓋咽頭括約筋である22)。
咀嚼と嚥下を結ぶ上咽頭収縮筋(頬咽頭部の筋)
翼突下顎縫線から始まる上咽頭収縮筋をいう。この解剖学的研究は、Howland、Brodieにより報告されたのが最初である28)。翼突下顎縫線上における頬筋と上咽頭筋の結合形態が議論となり、これまでに多くの研究者が報告している29,30)。
津守・阿部らは、上咽頭収縮筋の肉眼的・組織学的な観察から「上咽頭収縮筋の頬咽頭部の筋と頬筋の間には膜の有無の違いはあったが、そこには骨は存在せず両筋が結合組織により接合しているのが観察された。これらから、形態的に見て嚥下時に上咽頭収縮筋と頬筋が協調的に作用すると考えられる。さらには、咀嚼から嚥下運動に至る一連の動作がスムーズに行えるのは、上咽頭収縮筋が頬筋・口輪筋と共にひとつの括約筋としての形態を形成しているからと考えられる」と報告している31)。
これらから、上咽頭収縮筋は頬筋や口輪筋を含めたBuccinato pharyngeus muscle複合筋帯を形成はしているが、口蓋咽頭括約筋がおこなうような絞扼運動ではなく、頬筋・口輪筋などの口腔周囲筋を固定源として安定を図ることで咽頭側壁および後壁の前方への収縮を行っているのではないだろうか。よって、習慣性口呼吸者や口唇閉鎖不全者は固定源となる筋力が弱いために上咽頭収縮筋を強く収縮できないことで嚥下機能が低下すると考えられる。こうした機構を理解することで口唇閉鎖の重要性がさらに理解できる。(図24)全身運動発達と口腔運動発達におけるスキル
摂食機能を中心とした口腔機能のすべてが運動機能だとするなら、口腔機能の発達を全身運動発達スキルの一部として捉えることが重要と考える。口腔運動は、全身の中で最も遠心位に位置する。そのため、口腔機能を発揮するには、口腔機能の安定動作を支える体幹をはじめとした頸部や頭部の姿勢保持が欠かせない。体幹や頭部を支えられない子どもは、末端の微細運動を行う時に固定源が必要となり身体を曲げ、どこかに寄り添い安定を求めて運動を行うことで運動を行うため姿勢が悪く見える。それが継続するなかで顎顔面と体幹・頭部の筋は、悪い姿勢でバランスを持つことになる。矯正治療により末端の筋均衡が修正されたことで逆に姿勢の修正がみられるが、体幹や頭部の安定支持基盤が修正されない限り姿勢だけでなく末端の口腔の筋平衡が乱れ歯列咬合はもとの不正に戻るだろう。
全身運動発達において安定した協調運動を行うには「安定」「可動」「分離」という順序で発達することが重要だ14)。それは、口腔発達スキルも同様で、吸啜運動から咀嚼運動への転換には運動の安定・可動が重要である。吸啜運動は、顎の開閉運動に同調させるように舌筋や口輪筋・咽頭筋が一体となって活動する。これに対し、咀嚼運動は顎の活動と舌や口唇・頬の顔面筋は、作業形態によってそれぞれ個々の運動が可能となることで相反的な協調運動を行う。(図25)
このような巧みな運動が発達するには、まずは基礎となる体幹の安定と粗大運動である吸啜運動による安定した可動が必要とされる。下顎と舌が一体となった安定した吸啜動作は、粗大運動として下顎に安定を与え、この一体となった運動から下顎の動きを分離させる14)。吸啜時には開口し口唇の活動性が低かったが、咀嚼開始時には口唇閉鎖が必要となる。上下口唇の閉鎖が、口輪筋や頬筋の安定した運動を可能にし、さらには嚥下時の上咽頭収縮筋の強力な括約を作り出す。よって、吸啜から咀嚼への転換には、口唇閉鎖と顎と舌の運動性が重要であると考えられる。(図26)
乳幼児がしきりにアゴを出す動作は、粗大運動からの下顎の分離作業であり、舐めまわしは、口腔咽頭感覚の低下だけでなく口唇や顎と舌の可動と分離動作のためには欠かせないといえる。特に、舌運動には下顎の分離運動は欠かせない。舌の運動性が低い乳幼児は、下顎の前後左右への運動もできないことから、下顎の運動をおこなってから舌の訓練を行うと舌は可動分離された動作がしやすい。また、この際に自分の手で口腔や舌を触るアクティブタッチをすることが重要だ7)。手と口のダブルタッチを行うことで自己の身体認知が向上し、協調性が向上すると考えられる。(図27)口腔咽頭感覚
口腔咽頭感覚は、口腔機能の獲得や発揮に重要な役割を果たす7)。個々の個体が示す環境との調和や適合の良さ、つまり正常な口腔機能の発達パターンを獲得するか、それとも機能的な問題をもつ発達パターンとなるかは口腔咽頭感覚によって決まるといってもよいだろう。ここでいう口腔咽頭感覚は、主に触覚をいう。触覚は、特殊な感覚器を持たない体性感覚に属し、皮膚からの感覚と固有感覚といわれる筋肉や靭帯からの感覚を合わせたものである。触覚は、五感の中で最も早く7週頃から口唇に出現、その後手掌、上肢、眼瞼と出現する。触覚が出現した部位には、指しゃぶりやキックなど原始反射様の胎動が出現することからも運動パターンは触覚からの刺激により形成されることがわかる7)。つまり、口腔咽頭感覚も口腔運動のパターン形成に大きく関わっていると考えられる。
一般に乳児は、口腔や咽頭部の感覚がきわめて敏感である。そのため、初めての離乳食はうまくいかないことが多く、なかなか嚥下してもらえないがしだいに適応する。こうした口腔や咽頭の感覚の鋭敏度は、年齢や個人差が大きく、その鋭敏度の度合いによって飲込む食塊の大きさや性質が決まる。神経質で口腔咽頭感覚の敏感な子は、適応が悪いため、その後の食行動や口腔清掃、口腔機能の獲得に大きな影響を与えることが多い。
口腔咽頭感覚の鋭敏な子に対して脱感作を行うことが多いが、胎児がお腹のなかで自分の体や子宮壁を触ることで環境からの情報を収集し動くことを考えれば、本来の触覚とは「触られる」感覚ではなく、「触る」という能動的な意味を持った感覚機能であることを忘れてはいけない。だからこそ、乳児にとって玩具舐めや指しゃぶりは触覚を活性化させる重要な行為といえる。口腔咽頭感覚が鋭敏な子どもに行う脱感作やマッサージや機能訓練は、あくまで自分で自分の体を触ることができるようにするためのものであることを認識することが必要だ。(図28)おわりに(口腔機能発揮に必要なこと)
口腔機能の獲得と発揮は、胎生期に始まる全身の運動発達の一部として考えられる。運動発達の基盤となる口腔咽頭感覚の入力、とりわけ触覚からの情報と意識覚醒とリズム運動が結びついて、口腔機能は巧妙で複雑な機能の切り換えや調整を半自動的に行うように発達する。実際には、胎生期からの吸啜嚥下運動が発達する中で陰圧と陽圧の形成による口腔内圧の調整や呼吸との切り換え、舌運動の転換、軟口蓋の運動性の向上による鼻咽腔閉鎖の切り換えなどを学習することで咀嚼嚥下と呼吸と発語という口腔機能は獲得・発揮されることになる。
成長期の子どもをみる歯科医師にとって、子どもに質の高い口腔機能を獲得させることが、口腔の健康のためにも重要である。しかし、胎生期から始まる口腔機能が出生後に環境に対しその機能を協調させながら獲得を開始するのは主に育児や保育の場である。そうした場において環境との調和や適合の良さをもった子どもであれば、口腔機能の獲得や発揮は問題ない。しかし、感覚入力が困難で運動を協調させることが苦手な子どもは、数年後に私たちの前に口腔機能異常や習癖や歯列・咬合の問題を伴って現れ、その対処に頭を悩ますことになる。こうした環境との適合の悪さからくる機能発達の困難な子をなくすことは難しいかもしれないが、少しでも適応できるよう支援することで口腔の健康は広まり我々の治療効果はさらに増すだろう。そのためにも、口腔機能の発達に関する研究がさらに発展することが必要だ。他の機能発達の研究に比べ口腔機能研究は明らかに遅れている。そこには、既存の概念のなかで口腔機能を見る傾向があるのかも知れない。赤ちゃん研究が、数学や物理学や理工学など異分野の研究者を取り入れたことで急激に発展したように口腔機能発達の研究が拓けることを期待したい。
本論文の要旨は、2014年3月9日、東京にて開催されたBSCワンデーセミナー「扁桃と全身・咬合との関連」における講演内容にもとづくものである。図
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